さようならのごあいさつ

ご無沙汰いたしておりました。いなばであります。

こちらの読書案内をはじめて二年、当初に抱いていた私の読書と自分改革のスタンスが、ずいぶん変わってきて、更新がめっきりできなくなってしまいました。

今の私は、ただひたすら自分を見つめる段階のようです。

また調子が前みたいに戻るかしらんと、半年ほど様子を見て来ましたが、この段階まだ結構続くみたいであり、終わったとしてまたこのブログを同じ姿勢でやることにはなれそうにないので、いったんここで更新終了、さよならのごあいさつをさせてください。

これまで読んでくださった方々には、心からの感謝を述べたいと思います。
ありがとうございます。
読んでいただけて、本当に嬉しかった。

枕の方で、ちょいちょい読書感想文をまた書いていくので、良ければそちらを楽しんでいただけたなら幸せであります。

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温故知新的生活 Vol.7 気づいた人から実践!暮らしまわりの知恵袋

家事は身についておられる方ですか?

いなばは、目下修行中であります。目標がスーパーサイヤ人であるならば、たぶん亀仙人のところに来たクリリンレベル。悪くない。でものりしろ多っ!!
実家にいたときに母からちゃんと学べばよかったんですが、まるごと怠けたツケを今返すため、色々本も読んでみました。
が。

意外に雑誌が応えてくれました。

温故知新的生活Vol.7 気づいた人から実践! 暮らしまわりの知恵袋

表紙のあおり文句は「こざっぱり、気持ちよく、効率的に暮らす」。読んでるだけでみなぎってきますね。
で、読んだ結果感動。この雑誌のすばらしい点は、

1.読みやすい。写真とイラストとわかりやすい、すっげわかりやすい説明文で、できそうな気になる。
2.飽きない。色んな専門家がそれぞれ「衣類の手入れ」「簡単健康レシピ」「掃除のコツ」をコンパクトにまとめてて、やりたい気持ちになる。
3.わかりやすい。難しいテクニックや大変な手間、手に入りづらいアイテムが必要なことは一個もないので、手を出せそうな気持ちになる。

結果。やれました。やったら良い感じだった。

いなばの今回のヒットは「衣類のお手入れ」のところ。
知ってる人やできてる人には当たり前かもしれませんが、そこらへんごっそり抜けたまま大人になったいなばタイプ、「とりあえず洗濯機、無理ならクリーニング、たまに手洗い」レベルの人間にはとても参考になります。
ブラシをかけたりベンジンを使ったり、すごい難しい気でいたけど、あらやだ簡単だしその方が洗うより服が持つなんて!

もうひとつ、読んでて楽しかったのが料理研究家ウーウェンさんの「毎朝のぞうきんがけで掃除機いらず」のところ。
ウーウェンさんは毎朝起きたら家中ぞうきんで水ぶきして、それが良いエクササイズになり汗をびっしょりかき、着ていたパジャマを洗濯機に入れてシャワー浴びてすっきり!って暮らしをしてる結果、掃除機も洗剤もほとんどいらないとかなんとか。
読んでたらなんかめっちゃやる気になっていなばも朝まねして見たら、家中は無理だけどトイレ玄関キッチンを水ぶきしただけで確かにえらい気持ちよいんですね。時間もそんなかからないのに、リターンがでかい。
以来結構やってます。
ちなみにウーウェンさんは、簡単おいしいヘルシーな野菜一種類だけで作る炒め物のレシピとかも書いててくださってこれがまたやる気になります。素敵なひとだ。

何しろ雑誌のいいところは、気楽に読めて、適当につまめるところだと思います。本だとその著者の哲学を理解し共感するみたいなひと手間をある程度入れなきゃいけないのが、まるでない。
で、いろんな人がそれぞれの技を伝授してくれるので、誰か一人か二人くらいは、なんか合う人がさすがにいるんですね。
もしまるでどれも今やる気にならなくても、読んでおけば知識になるので、いつか役に立つかもしれない。自分には役に立たなくても人には立つこともあるし。

ウーウェンさんがおうちを雑巾がけしてる記事と写真には、不肖いなば、じゃっかん魂が震えました。清冽で。そして、それが手を伸ばせば届きそうということに。

自分の暮らしをもう少し清めたい人におススメ。

人生の旅をゆく 2

旅先で本を読むタイプですか?

いなばは移動中はかなりガンガン読むのですが、旅行先ではそうとうアクティブに動き回る方だったので、ホテルでじっと読書をしたことが実はほぼありませんでした。
でも、最近は「まったりやろう」と意識していて、先日季節外れの高原に旅行に行った際は、「宿でのんびり読書をしよう」と言う目的で一冊厳選してもっていって、実際それをすることができたのが、こちらの本であります。

人生の旅をゆく 2 著者:よしもとばなな
人生の旅をゆく 2

人生の旅をゆく 2
価格:1,620円(税込、送料別)


「TSUGUMI」や「キッチン」であまりにも若くして著名になった女性作家さんですが、当時まだ子供だった私は最初の二作品を読んで「へん、こんなので賞なんてたいしたことないやい!」と生意気にも思ってそれから二十年くらいご無沙汰してたんですね。
それが先日軽い気持ちでエッセイを手に取ったら、うわああああ、すっごい面白い。深い深い。でも優しい。なのに入りやすい。そして一度入ったら出たくない。

ものすごい進化を遂げておられました。

っていうか、たぶん初期の作品でもその萌芽はあったんでしょうが、当時作家志望の文学少女だった私には悔しい嫉妬で見えなかったんですね。

今大人になって、成熟した彼女のエッセイを読むと、得も言われぬ暖かい何かに包まれます。スピリチュアル系の人でもあるので、幸せ読書とすっごいなじみが良い。それでいて文学。ちゃんとリズムがあり温度があり、美しく、再読に耐える、心に残る文章。
まさに旅向きの一冊でした。

心に残るフレーズがいくつかあるので引用しますね。

"私もよく「仕事で成功して、優しいご主人がいて、お子さんにも恵まれてねたましい、あなたには私の気持ちがわからない」なんて言われることがあるが、即座に一発ケリをいれたくなる。「三日間でいいからこの生活をしてみやがれ!」と思うのである。でも言わない。だって自分の選んだ人生だから、引き受けていく覚悟を持つしかない。そして自分の人生を引き受けられずにそんなことを言えるのんきさをうらやましく思うだけである。"

"それから、私は作家になった。
急にむちゃくちゃ売れて、ゴミ箱をあさる人とか、道を歩いていて指さす人が出てくるようになった。味方はほとんどだれもいなかった。というか、味方がいても、自分はそれに気づけるほど落ち着いていなかった。気が狂いそうだと思った。
お金は入ってくるけど、税金でみんな持っていかれてしまい、それでも借金の申し込みはあとをたたなかった。まだ二十五歳の私に、同業者や編集者の妬みは露骨に向けられた。面と向かってバカにされ、ののしられ、もちあげられ、落とされた。(中略) すさんだ私は家族とも当然うまくいかなくなったし、友達はほとんどみんな離れていった。"

これが、「成功する」と言うことだ、と三十路も半ばを過ぎた私にはようやくわかったわけです。
「嫉妬される」と言うことの意味と怖さ。そして、私自信が「成功者に嫉妬する」方にもしばしばなり、これからもそうならないとも言えない、と言う生々しさ。
それを全部突き放して、「自分の選んだ人生を自分で引き受けるしかない」と言い切る強さ。

人生のしがらみが、からみついて来始めた時に読むと、本当に沁みます。

彼女ほどではなくとも、どんな些細な成功であっても、こういう流れはあると思います。結婚した、仕事がある、休みが取れた、出世した、子供ができた、子供がいない、趣味がある、綺麗である、痩せている、健康である、いろんなことで、いろんな摩擦を通して、でも最後に言えるのは「自分の選んだ人生を引き受ける」それだけで良いと。

さらにさらにガツンと来た部分がこちらであります。

"体が弱くてしたいことがあまりできなくなってしまった母は、私が作家になったときにあまり祝福してくれなかった。けっこう露骨に焼きもちを焼いて意地悪をしたり、いやみを言ったりしてきた。
なんていう親だと思ったけれど、内側に秘められるよりも正直なだけましだな、とあらゆる場所で笑顔の裏のねたみを浴びながら生きているうちに思えるようになってきた。
母の部屋のいちばんだいじな本がある本棚に私の本が並んでいるのを見ると、あまり仲の良い母娘ではなかったとは言っても、私は愛されていたのだといつでも思うことができた。"

"私は母といろいろなことがあって、憎しみ合った時期もあったが、それはどの家にもあることだ。とにかく今がいちばんだいじなのだ。"

実の母に嫉妬される。
そしてそれを「秘められるより正直なだけまし」と言い切り、最後に「それはどの家にもあることだ。とにかくいまがいちばんだいじ」と断言する。

これが、これこそが、「許し」と言うものだなあ、と家族関係でえらいこじれてきて、それらをひとつひとつ解きほぐしてきた私には、ものすごく感動的な一文でありました。
そう、「それはどの家にもあること」。私だけに特別に起きた悲劇でもなんでもなく、そして、「大事なのは今」。
過去のあれやこれやは、「今」ほど大事なものじゃない。

今だ。今を生きなきゃ。

そして。
「あまり仲の良い母娘ではなかったとは言っても、私は愛されていた」
こう言い切ってしまおう、と思います。私の家族たちと私は、あまり仲が良くなかった、そして今も仲が良くない。でも、愛されてなかったわけじゃない、愛してなかったわけじゃない。
こんな簡単なことだったんだ。

旅先のホテルで気づいたら放心するほどエウレカした良書。

許し、癒し、成功の光と影について、優しく学びたかったら必読。自分をちょっと好きになる勇気をもらえます。

家を聖域に 超簡単3つのこと

2014年、GINZA☆いなばの目標は「家を神社並みに綺麗にする」でありました。
で、一年かけて頑張って、今どうなったかと言えば。

えー。神社はちょっと無理、社務所もまだまだ、でも参道の打ち水してる売店くらいにはなれました。私が手抜きしないで日々頑張れば、の但し書きつきではあるにしろ。

やってみた感想は、そうだろうなあとは予想してましたが、めっちゃ気持ち良いです。素晴らしく快適。あと、ちょっと無駄遣いが減ります。
なんでかと言うと、家の居心地が良いのでカフェでお茶する回数が減ったんですね。
自分の部屋でお白湯とか飲んでても十分癒されてりらっきしんなのです。
で、たまに行くカフェのグレードをあげちゃったりするとまた心が豊か的な。

もう一つ大きい違いは、「家と仲良くなれた」であります。
今住んでるこの部屋が、明らかにご機嫌が良いのを感じます。なので、家を出るときにちょっと安心です。「留守を頼むよー」と言うと、「任せてよー」みたいな気配を感じます。
で、帰って来た時も他人行儀じゃないんですね、「ただいまー家ー会いたかったよー」と言えば、「おかえりー、待ってたよー」みたいな。
考えると、ただ住んでた時は私は文字通り間借り人で、家もよそよそしかった。でも、綺麗にすればするほど、家に対しても「触れる」回数が増えるわけで、そうすると相手もなんか応えてくれる感じです。間借り人→知人→友人、くらいなランクアップを今は果たした気がします。

さてさて、で、この「聖域」プロジェクトのため、私いろんなことをしましたが、強烈に効いたな!ってことは三つに絞れます。
なので、それを書きますね。
いつもおうちがピカピカの人には「当たり前!」以前のことかもですが、家を綺麗にしたいけど怠いーどこから手を付ければいいのよー、っていなば似のタイプの方には役に立つかも。

1) 超簡単☆ トイレだけを徹底的に!!
これはお友達の理科子ちゃんがお勧めしてくれたんですが、すごい良いです。めっちゃ良いです。
何をするかと言えば、一週間、トイレだけを文字通り徹底的に綺麗にピカピカにします。
トイレだけでいいです。
具体的には天井から照明から壁からドアからドアノブから便座から便器からトイレブラシ容れから棚から何から全部拭いてこすって磨きます。
もうぴっかぴかにします。
それを一週間続ける。
以上。

ものすっごく気持ち良いです。

やってみるとわかるんですが、トイレって狭いし置いてある物もほかの部屋に比べたら少ない。
なので、徹底的にやっても15分くらいなもんなんですよ。かかる時間。
でも、便座も便器も白いから、磨くとすっげえ綺麗に光って見えるんですね。手間かけてないわり輝きが大きい。
しかも、一日やったら、翌日なんてもっと時間かからないで綺麗になる。楽なんです。なのにリターンでかい。なにしろトイレって毎日必ず複数回入るもの。
家の中で、どこか一か所でも心底綺麗なところがあるって、実に実に癒されます。
そして、副作用があります。
トイレの綺麗さとほかの場所のそうでもなさのギャップに、ついついほかのところも掃除したくなる、と言う…。
そして、逆にほかの場所がどんだけ散らかっていても、「少なくともトイレは綺麗にした!」と言うことで、自分を許せるというか、むしろ褒められる、と言う…。
あと、急な来客の際、「あ、トイレだけは大丈夫だ」と言う心強さと…。
理科子ちゃん曰く、金運も上がってラッキーなイベントも起きるそうです。私にもちらほらあり申した。でも、それはおまけかな。トイレが綺麗なだけで十分幸せだからして。
ちなみに、徹底的にやるのが楽な順は、トイレ→玄関→寝室、であります。物少ないから。

2)超簡単☆一番ヤバいところだけ片づける!!!
お片付けをする際にですね、一番手をつけたくないとこありますね。家の中の吹き溜まり的な、自分で「あそことあそこね。わかってる。わかってはいるんだ。いつかは…そう、他のところがかたづいたら」と思ってるそこ。
そこをですね。
いきなりそこをやっつけます。
いきなり行きます。私の場合はバスルームの収納に一回着たけどまた着るかもで洗えないけどクロゼットにも戻せない服をぐっちゃぐっちゃに突っ込んだ溜り場所でした。そこに直行。
入ってるものを全部ひっくり返し、分類。洗うべきは洗う。戻すべきは戻す。ついでにもう寿命な物は捨てる。ここで捨てられる物が多ければ多いほど良い。そして、空いた空間を綺麗に拭く。最後、しかるべきものだけを戻す。
以上です。
すっっっっっごい、すっきりします。
心理学的だったかスピリチュアルだったかは忘れましたが、家のごちゃごちゃと自分の心のごちゃごちゃは連動してるらしいんですね。なので、一番ごちゃついて手をつけられないところこそ、片付けると速攻最強一番自分が変われる場所だそうです。
心の中はひっくり返して洗ってしまいなおして不要物捨ててって、難しい。
でも、棚の中は簡単です。
れりご。
ちなみに、これ、残念ながら一回やってもまた吹き溜まります(苦笑) 根本的にそこ溜まる理由、「場所が悪い」「物が多い」「収納が足りない」の三点を抜本的に自分で(自分以外の誰も治せませぬ)整えられるまで、溜まります。
でも、溜まって良いと思います。
溜まるたびにひっくり返しましょう。慣れるほど早くなるし、理由がうすうすわかってちょっとずつ手を打てるようになってくるから、一気に解決するよりも楽でもあります。

3)超簡単☆まるごとぜんぶおうちに触ろう!!!
じかにではなく、マイクロファイバー越しに、です。
えー。最近は百均でも売ってるマイクロファイバーの雑巾ありますね。あれを買ってきます。とりあえず一枚で良い。できるだけでっかいのね。
固く水で絞ったら、椅子に上って部屋の高い壁から拭け。
壁が終わったら綺麗な棚の上を拭け。
ドアの上の桟のとことかも拭け。
電気つける白いとことかも拭け。
椅子や机や棚の下とか横も拭け。
電燈のかさとか、各種電化製品のコードも気を付けて拭け。
汚れたら粛々とすすいで、とにかく今まで触ったことのない部屋の壁やら屋根やら家具やら雑貨やらかたっぱしから拭いて回れ。
すすいでも落ちないぐらい汚れたら床とか窓とか窓の桟とかベランダの手すりとかエアコンの室外機とかもう全部我が手で触れて拭きましょう。
全部終わるころにはファイバー真っ黒になってると思うんで、もう面倒だったら「ありがとう」と言ってそのまま捨てる。
なんか逆にいとおしい使える相棒!ってなってたら丁寧に洗剤つけて洗って干して、玄関と窓用に回しましょう。

これの良いとこは、固絞り雑巾持ったら始められるとこです。別にいつ辞めてもいいし、いつ始めても良い。音もしないし、大きいものを動かす必要もない。動きも制限されない。
で、意外に本当に綺麗になります。
掃除機かけなくても、中性洗剤使わなくても、拭くだけでなんか空気が変わります。この「変わった空気感」がごちそう。
あと、触ることで家に対して愛着がどんどんどんどんわいてきます。拭くって要は撫でるってことなんで、もう愛撫であります。単にそこにあるだけだった壁やら天井やら窓やらが、「自分を守って包んでくれていたのだよね・・・ああ、拭くほどにいとおしい!」と言う気持ちがなんかやけに湧いてきます。
で、いったん触っちゃったら他人じゃなくなるんで、以降それらの箇所を見る目が変わります。なんか、また拭いてあげたい・・・みたいな気持ちに襲われたりします。
怠け者の一番の関門「やる気」を湧き起こすには、触る(ファイバー越しでも)って意外に大事。掃除機やワイパーじゃ、遠すぎたんだ。あと、触れない場所多すぎ。

以上、個人的にいなばに特に効いた「家を聖域にするための超☆簡単三つの方法」でした。

皆様「こんな技もあるよー」と言うのあれば、教えてくださいませー。

ブッダの瞑想術で人生が変わる!

ぼーっとしてますか?

いなばは元来、割合お金にも時間にもしまり屋な方で、予定はつめっつめにつめて色々やるのが好きでした。ちょっとした時間にも本を読んでるし何かしら思考してるし、起きてる間は活動してたい方でした。
なので、"ぼーっとする"時間て、実はあんまり持ったことなかったんですね。

ところが、不妊やらなにやら不調を診てもらってる鍼灸師さんに、一年ほど前に言われた言葉は衝撃でありました。

「いなばさんは、頭使いすぎ、モノを考えすぎ。ぼーっとしてください」

しばらく意味がわかりませんでした。普通の日本人女子として生きてきたら、基本言われ続ける言葉は学校でも家庭でも職場でも「ぼーっとしてるんじゃない」ではないでしょうか。
否定されることはあっても奨励されることってあんまりない、その「ぼーっとする」をやれ、と言われ、ぶっちゃけ、やり方がわかりませんでした。
目が点になってる私に、ため息をついて、鍼灸師さんは"それじゃあね"と代案をくれました。

「人間より木の数の方が多いところに行って、しばらく時間を過ごして」と。

当時、"ぼーっとする"ことが外国の風習くらいなじんでなかった私は、愚かにも「最低何分やればいいっすか?」と聞いて、鍼灸師さんに深いため息をつかせたのは、今となっては良い思い出です。

答えは決まってまして、「自分の心が落ち着くまで」「気が済むまで」なのです。

そんなわけで、できるだけそれを意識して公園などに行くようにして、どうなったかと言えば、なんかすっごい楽になりました。
心が、落ち着きます。ほんとに。
へええ、"ぼーっとする"って、大事だったんだ。大発見でありました。

そして、この"ぼーっとする"を、わざわざ公園とかに行かずとも、毎日コンパクトにそしてもっとディープにできるのがいわゆる「瞑想」なんだなあ、と最近しみじみと実感しております。
この「瞑想」、ちょっと「自炊」みたいです。
うまくコツをつかんでリズムに乗って毎日できたなら、健康に与える影響はかりしれません。
でも、ずっと外食や買い食いしてて、料理の仕方も知らないのに、いきなり自炊ってハードル高すぎ。故に、結果は良いだろうとわかりきってても、忙しければ忙しいほど後回しにしちゃう、そんなモノのような気がします。

一番良いのは、自然にそれをやれてる人に何回か付き合ってもらって一緒にやってもらうことなんですが、なかなかそれも双方の都合やら、持ってる人脈の関係やらで難しい場合もありますね。
こういう時こそさくさく読書です。
「なんか良い導入本ないべかー」といなばがねちねち探して、ようやくたどり着いたこれは!という一冊がこちら。

ブッダの瞑想術で人生が変わる! 集中力と心の強度を簡単にアップさせる秘訣
著者:サミート・M・クマール博士 訳:大沢章子


この本を読むと、「瞑想はなぜ必要か」とか「瞑想するとどんな良いこと起きるか」とかなかなか丁寧に細かく書いてありますが、あえて申し上げるならそこは読み飛ばしても大丈夫です。なんか結構全部読み切るのは大変な本なので、ちゃんと読もうとして躓いてしまったら元も子もないので。
この本で何はともあれ絶対に読んでいただきたくて、私的にはすげえ結果の出たは第2章、39ページから12ページにわたって書いてある「マインドフルネス瞑想の方法」であります。
ここ。
「瞑想って良いって言うならやってみたいけどどうすんだべー」と思ったら、ここ読んでみてください。クックパッドでつくれぽナンバーワンレシピぐらい簡単わかりやすく最初から好結果出ます。

意外というか、当然というか、瞑想はとるべき姿勢が結構大事なのですが、そこが丁寧に書かれてるのです。我流でやってた時に比べて、もう唖然とするくらいこの本に書いてあるほんのいくつかのコツを取り入れてやった時では集中できる感じが違いました。
「毎日15分からでいい」という著者の一言もすっげえ心の励みになります。15分ならば。15分ならば私でもできる。
「騒音があってもいい。別にどこでやってもいい」と言う一言もマジ助かる。完璧に静かで穏やかな空間を確保するって、結構ハードルが高かったので。

私がどうしてこうも「瞑想」「瞑想」と言うのかと言えば、基本すべての悩みの答えを本当は私たちみな知ってるんですね。
でも、それを知りたくない、知ってはいけないという縛りが今までの人生でかなりキツクかかってるので、わからないような気持になっている。それで人に相談したり本を読んだりするのですが、答えはもうわかってます。本当は。
でなければ、どの本を信じていいか、どの人のアドバイスを聞き入れればいいかだって、わかるはずないんだもの。
もうわかってる答えを、外から知った形にしたいためだけに、私たちは余計な手間をかけている、とも言えます。
それが人生を彩り豊かにしてくれる側面もあるし、本当にわかりづらいことはあるので、それはそれでアリですが。
でもまあ、心の奥で知ってるはずのことで悩みをすぐに止められるなら、苦しみがあっさり癒えるならそれに越したことはない、と私は思います。
なので皆様、「瞑想」であります。

「ぼーっとする」のその先に答えはいつも待ってます。この本で、それがちょっと大変すぎなら、人より木の数が多い場所で、手を伸ばしてみてください。届きますから。


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